Dirgee99のブログ

思いついたことから記事にしていく雑記ブログです。

『項羽と劉邦 KING’S WAR』の最終回に絶望 最終回付近の謎の詳細をまとめました

おはようございます。

最近になって「三国志」以外の中国史に興味が出てきたダージ99です。

 

数年前に、ドラマ『三国志 Three kingdoms』を地上波放送とDVDレンタルで全話観て、すごく面白かったので、同スタッフが作った『項羽と劉邦 KING’S WAR』も観たいと思ったのですが、またDVDを最初から借りるのが面倒で、数年間ずっと放置していました。

最近になって急に観たくなり、DVDを借りようとしたのですが、なんとHuluで全話見放題配信されていたので、さっそく会員登録して1ヶ月とちょっとで全話観終わりました。最高でした。

楚漢戦争については、子供の頃に子供向け中国史漫画を読んだことがあったので、大まかなオチは知っていました。

しかし、最終回中盤あたりから良く分からない事件が相次ぎ、ちょっと鬱な気持ちになってしまいました。

劇場版ナデシコを観た時よりひどいかもしれない。

主人公の一人である劉邦(りゅうほう)が仲間達と力を合わせて、もう一人の主人公であるライバルの項羽(こうう)を倒し、天下統一を果たしたというのに、まさかあんな最終回が用意されていようとは・・・。

超展開&説明不足の最終回付近の謎について、ウィキペディア等で調べたことを、簡単にまとめました。

ドラマ本編のネタバレが大量にあるので、未視聴の方は別のページへの移動を推奨します。

 

 

 

 

 

目次

1.季布と鍾離眜の行方

2.なぜ盧綰は逃げたのか

3.韓信の死

4.呂雉の悪女化

5.蕭殿の謎行動

6.紀信の家族は?

7.あの劉襄ってお子様は何者なのか?

 

1.季布と鍾離眜の行方

項羽(こうう)の友人でもある忠実な配下、季布(きふ)と鍾離眜(しょうりばつ)。彼らは項羽の最後の戦いでは姿を見せませんでした。

ウィキペディアには、垓下(がいか)の戦いあたりに、項羽の陣営から離脱したとあります。

どうやら、79話の序盤で項羽が兵士の一部と女子供を逃がすシーンがあるのですが、彼らと共に戦場を離れたという解釈をするしかなさそうです。

その後、2人はどうなったのでしょうか?

 

まず鍾離眜ですが、彼はなんと、元部下である韓信(かんしん)の元に身を寄せていました。劇中では、韓信が大将軍になった後、鍾離眜が彼に対して全く言及しなかったのが個人的にちょっと不満だったので、鍾離眜が韓信を頼ったというのは感動ものだなと私は思いました・・・、が!

後に皇帝の劉邦劉邦)にこのことがばれてしまい、もともと朝廷から謀反の疑いを持たれていた韓信は鍾離眜の殺害を決意。

鍾離眜は自殺してしまいました。

 

一方、季布は各地を散々逃げ回った後、何とか劉邦配下の夏侯嬰(かこうえい)とコンタクトを取り、劉邦の許しを得て、以降はずっと漢に仕えました。

ドラマでは2人揃って登場し、同時に楚軍に入り、活躍した2人ですが、辿った運命は全く異なるものになってしまったようです。

また、劇中でいつのまにか退場していた項羽の伯父である項伯(こうはく)も劉邦に帰順したようです。鴻門の会で劉邦を助けたのが生きたようですね。

 

2.なぜ盧綰は逃げたのか

・最終話のシーンから抜粋(雑音あり)

審食其:聞くところによると、あなたが、謀反を企んでいると、告発した者が朝廷にいるということです。

盧綰:えっ?!

ダージ99:えっ?!

盧綰:天子から音沙汰が無い。

盧綰:状況が変わったのか・・・。

盧綰:謀反だ。

Dirgee99:What?!

後日、

曹氏:盧綰は?

劉邦:逃げた。俺に背いて北へ去ったのだ。

 

ドラマ1話から登場している盧綰(ろはん)は主人公:劉邦(りゅうほう)の幼馴染です。

2話で博打(ニワトリデュエル)に負けて劉邦に泣きついていたあのおじさんが、劉邦の皇帝即位後になんと燕王になりました。

垓下の戦い前に行った、裏切り(嘘☆)作戦の功績も大きいのでしょうね。

しかし盧綰は、審食其(しんいき)から、朝廷に自分が謀反を企てているとの告発があったと聞くと、1ヶ月後、急に劉邦への謀反を決め、北の匈奴という国に逃亡してしまいます。

いったいどういうことなのでしょうか?

盧綰の主である劉邦は、皇帝になると疑心暗鬼に陥るようになってしまったようで、盧綰が謀反するという告発を信じてしまいます。

実際に討伐軍も組織され、当初、その大将に任命されたのは、盧綰と同じく劉邦の弟分である樊噲(はんかい)だったそうです。

ウィキペディアによると、盧綰は告発の知らせを聞いても、劉邦を信じていたそうですが、劉邦の死の知らせを聞くと、実権を握った呂雉(りょち:劉邦の正妻)に殺されると思い、匈奴に亡命したそうです。

ドラマでは劉邦が存命中に逃亡しています。

史実と照らし合わせると、ドラマでは盧綰は劉邦から1ヶ月間連絡が無いことから「状況が変わった」と言っているので、劉邦が亡くなったと思い込んだのではないでしょうか?

 

3.韓信の死

個人的に一番ショックだったシーン。

漢の大、大、大、大、大・将・軍!であった元貧乏ニート韓信(かんしん)は楚漢戦争中に斉王(せいおう)になりましたが、戦後は死んだ項羽(こうう)に代わって楚王(そおう)になりました。

しかし前述した鍾離眜(しょうりばつ)の一件から謀反の疑いが強まってしまいます。

自害した鍾離眜の首を持参し、劉邦に謁見するも、捕らえられ、軍権を剥奪され、淮陰侯へと降格させられてしまいます。

あまりの冷遇に韓信は本当に謀反を企むのですが、密告されて皇后の呂雉(りょち)にばれてしまい、蕭何(しょうか)の協力のもとにおびき出され、殺されてしまいます。史実では、韓信は恩人である蕭何を信用していたため、暗殺計画に気付かなかったそうなのですが、ドラマでは計画に気付きつつも、あえて蕭何の命に従った描写があります。

以下、処刑される少し前に韓信が蕭何に言った言葉。

「私が今日あるのは蕭何様のおかげ。蕭何様に火の中に飛び込めと命じられても、従うつもりでしたが・・・まさか今日がその日になるとは。」

悲しすぎるわ!

 

4.呂雉の悪女化

劉邦(りゅうほう)の正妻である呂雉(りょち)。

ドラマでは項羽(こうう)の妻、虞姫(ぐき)と同様、メインヒロイン的存在でした。劉邦が故郷を留守にしている間や、劉邦の家族が項羽軍に捕らわれていた時も、彼らを守るために奮闘していました。

劉邦の他の彼女に対しては少し腹黒い部分も見せましたが、良いキャラだったんじゃないでしょうか、最終回手前まではね!

最終回では、突然、魔王のような姿で登場し、韓信(かんしん)を処刑してしまいました。

調べてみると呂雉という人物は、中国三大悪女の一人であったようです(ドラマ視聴後、調べるまで全然知りませんでした)。

劉邦の死後、呂雉の息子の劉盈(りゅうえい)が漢の二代目皇帝になりました。

皇帝の後見となった呂雉は、韓信だけに留まらず、劉邦と曹氏(そうし)の子供である劉肥(りゅうひ)と、戚夫人(せきふじん)の子供である劉如意(りゅうにょい)の殺害を計画します。

劉肥の暗殺は皇帝(劉盈)によって阻止されましたが、劉如意とその母の戚夫人は殺害されてしまいました。特に戚夫人はむごい殺され方をされてしまい、それを観てしまった劉盈はショックのあまり酒に溺れて若くして亡くなってしまいました。

 

戚夫人の殺され方については、過激な表現を含むため、ここでは書きません。詳細はこちらをご覧ください。↓

戚夫人 - Wikipedia

 

その後、呂雉は劉盈の子供と称する人物を適当に皇帝に立て、劉邦と他の女性との子供達を粛清と称して殺害していき、自分の親族を重用して、呂氏一族で朝廷を支配しようとします。

しかし呂雉が病死すると、陳平(ちんぺい)や周勃(しゅうぼつ)らがクーデターを起こし、呂氏一族を皆殺しにして、朝廷を劉氏の手に取り戻しました。

やったぜ周勃!あの寡黙な土笛吹きのナイスガイ、周勃がついにやってくれたのです。

また、この時にドラマにも出ていた呂雉の妹である呂嬃(りょしゅ)とその子供で、樊噲(はんかい)の息子でもある樊伉(はんこう)も一緒に処刑されてしまったようです。

 

 

 

5.蕭殿の謎行動

・最終話のシーンから抜粋

蕭何:この数年で私がしたことは知っているな。とうとう韓信まで殺してしまった。このままでは済まないだろう。私が賄賂をもらっていると告発してくれ。

曹参:なぜです?

蕭何:ほどなく私は理由を付けて捕らえられるだろう。死罪にされるかもしれん。捕まったら、汚職の証拠を出してくれ。

曹参:しかし、そんな証拠、私は、持っていません。

蕭何:証拠は私が何とか作ろう。

後日、

劉邦:あいつ(蕭何)は忠誠心の塊のような男だったが、今ではすっかり欲が深くなってしまった。

劉邦:しかし、欲の深い人間の方が安心できる。強欲であるほど、良いのだ。野心のない証明になるからな。

 

劉邦(りゅうほう)の頼れる相棒にしてみんなの人気者、蕭殿(しょうどの)こと蕭何(しょうか)。

漢帝国建国の真の黒幕といっても過言ではないのではないでしょうか?

そんな彼が最終回で、上記のシーンような奇怪な行動を取ります。なぜでしょうか?

それは前述した通り、劉邦は皇帝になると疑心暗鬼に陥り、加えて盧綰(ろはん)や韓信(かんしん)らの謀反があったため、劉邦の疑いの目は蕭何にも及ぶようになってしまったからです。

蕭何はそれに気付き、わざと賄賂をもらったりして自分の評判を下げ、謀反を起こせるほどの力が無い事を示したのです。

上記の曹参(そうしん)との会話はその作戦の一環というわけですね。

事実、蕭何はこの後も捕えられることはあれども、処刑は免れています。

しかしかつては、漢王になった劉邦

「なあ蕭殿、なぜだろうか。蕭殿がそばにいると、気持ちが落ち着くのだ」と言われるほど信頼されていた蕭殿が、自分達で作った国で生き残るために、こんなことをしなければいけないなんて、悲しいですね。

 

6.紀信の家族は?

劉邦(りゅうほう)の盗賊時代からの仲間だった通称“愚痴り屋の紀信(きしん)”

戦争中に劉邦の影武者として命を落としたため、最終回で劉邦は彼の家族を取り立てるために捜索しますが、見つかりません。

家族が見つからなかったことから、もしや紀信とは架空の人物だったのでは?と私は思いました。

しかし実際はそんなことはなく、紀信は実在の人物だったのですが、ウィキペディアによると、そもそもいつごろから劉邦に仕えていたかが記されておらず、劉邦の挙兵時からの仲間というのはドラマオリジナルの設定だったようです。

 

7.あの劉襄ってお子様は何者なのか?

ドラマ最終回の最後のシーンで、劉邦(りゅうほう)に「お前は誰だ?」と言われてた子供は劉襄(りゅうじょう)といいます。

当時、斉王(せいおう)だった劉肥(りゅうひ)の息子で、劉邦と曹氏(そうし)の孫に当たります。

彼は特に将来、皇帝になるわけではないのですが、父の後を継いで斉王になり、呂氏一族が朝廷を支配した際、呂氏討伐のために兵を挙げることになります。

実際には挙兵したものの、劉襄討伐にやって来た灌嬰(かんえい)に説得され軍を止め、その間に呂氏一族と当時の皇帝は、周勃(しゅうぼつ)らに滅ぼされました。

新しく皇帝に選ばれたのは劉邦と、かつて魏豹(ぎほう)の妻であった簿姫(はくき)との子供である劉恒(りゅうこう)でした。

ドラマ劇中で、簿姫が占い師に「あなたのお子様は、将来、天子になられます。」と言われたのが的中したのですね。

 

○終わりに

ドラマ劇中では劉邦(りゅうほう)と仲間達との絆が良く描かれていたため、このような結末は残念でなりません。

劉邦が興した漢は約400年続いたのですが、それを滅ぼしたのは、劉邦ボディガード的存在だった夏侯嬰(かこうえい)の子孫である曹丕(そうひ)だったというのも皮肉な話です。

私は三国志では蜀漢のファンなので、劉備(りゅうび)が天下統一をしていれば良かったのにと、しばしば思っていたのですが、このドラマを観た後はそうも思わなくなりました。

権力を手にして疑心暗鬼に陥った劉備が、関羽張飛趙雲諸葛亮らを殺したり、投獄したりするのなんか観たくありません。

 

この記事は下記のサイトを参考に書きました。

項羽と劉邦 King's War - Wikipedia